家具蔵(KAGURA)買取

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家具蔵(KAGURA)ブランドコンセプト

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大自然の貴重な木を、木材として余すことなく活かすことで、世代を超えて使い継がれる家具を作り続けたいと考えています。そのために目利きの職人により厳選した原木の買い付け・製材・乾燥・木取りと素材となる原木へのこだわりと共に、熟練の職人により数々の仕事を施しております。愛着を持ち永く使える家具を、手間と時間をかけて作る。家具蔵の家具作りの根底には、自然に対する畏敬と木への深い感謝の想いがあります。

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家具蔵(KAGURA)の歴史

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平安時代には中国由来の食卓机が貴族階級でわずかに使用されましたが、中世以降になると机は食膳としては余り使われなくなります。
最初は脚のない折敷、今の盆に当たる盤に脚や台がついて多様な銘々膳が発達し、日本人の食膳として主流となったとされています。
16世紀に訪日した南蛮人は、見慣れない日本人の銘々膳の食事について故国に報じています。
渡辺実「日本食生活史」(吉川弘文館、1964年)から引用すると
「彼等は我等の如く悉く一卓にて食することなく、各人約1パルモ半(1パルモは22センチ)の甚だ清潔なる机に着き、美味一切を之に載せ、若し数多くして此机に載する能わざる時は他の小さき机に載せ之を左右に据う」(1565年のパードレ・ガスパル・ビエラがポルトガルのパードレに送った手紙)
「日本人の食膳は常に清潔にして且つ美を尽せり。(中略)食卓は方形にして低き1つの脚ありて1人1卓なり」(クラッセ「日本西教史」)
という記述を見ることができます。
箱膳(銘々膳)は原則として、膳とそこに格納された食器の管理を使用者がおこないます。
食事が済むと食器を湯茶ですすぎ、フキンでぬぐい、箱膳のなかに格納し、自分で膳棚に戻すのです。
食器を洗うのは1ヶ月に2~3日、決まった日に主婦や使用人が一括しておこなっていました。
こうして銘々膳は大正から昭和にかけて卓袱台に移り変わるまで、日本人の食卓として長く続きましたが、衛生思想の普及もあいまって卓袱台が採用されると、徐々に銘々膳を使用する家庭が減っていきました。

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アドア東京では、家具蔵(KAGURA)社の日本家具や雑貨を高価買取しています。

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